ドローイング=線画

 

 

ドローイングは白紙の上に刻みつけられた魂の活動の記録だ。

 

 

僕は自分の精神の闊達を信じる。僕の精神は太陽の空気を呼吸している。それは全き自由の香りであり、自由という微粒子によってつくられている。分厚い雲の成層圏を抜けると、そこには白熱に輝く天球、〈太陽〉が出現する。光線は音となって空気を燃え上がらせ、大気が光に沸き立つその様子は、湿度なき超高層の天空に織り上げられた光の繭のよう。太陽光線は美である。それは精神の眼によって視られるビジョンだ。

 

 

僕は無軌道な線の集積であるドローイングを通して、あらゆるものが純粋の光りを放っている超大気圏を描きたい。そこは天空の王国であり、オパールの粒子をまとった王国の庭園には、美の草花が香りを漂わせている。

 

 

僕たちはその場所に存在すべく運命づけられている。庭園の前では、あらゆるものは地上でくすんだ色彩を身にまとっているように感じられる。しかし、僕たちの内で燃える太陽の炎は地上の灰色に染まりはしない。高層ビル群の合間に流れる道々を、人々は歩いている。その様子は、砂で作られた大伽藍の間を往来する蟻たちのよう。僕たち人間が地上で身にまとう空気は灰色の衣装である。

 

 

僕たちの肌は、各々のもてる最も高貴な色彩に光り輝いて、純粋な精神のひらめきを放つ。どれほど重厚に編み上げられた美しい地上の灰色も、本源の光を曇らせることはできない。心の中にぽかりとあけられた空漠の虚無は、灰色の衣装による精一杯の抵抗だ。自由の生は、あらゆる曇りと汚れを焼却し、僕たちを天空の王国へ導く。

 

 

僕たちは太陽の純粋な大気を魂の内にもっている。月の光もまた太陽の光だ。僕たちは昼と夜をもっているが、その光はどちらも太陽からやってきた。

 

 

僕たちは力そのものであることがゆるされている。やがて来たる光の時代を迎えよう。そのとき、精神の炎は燦然たる輝きを放つのだ。

 

 

こうした世界は、メロディーとして僕のうちにしまいこまれている。ドローイングというシンプルな手法によって、僕はそれを引き出したい。